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いろいろやってみるにっき

なんとか自分の会社を立ち上げるところまで漕ぎ着けた、てきとーに生きている奴の日記

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前回の新元号対応の経験を書くよ

Tech 言及した

「生前退位」「いや、そのような事実はない」ということで、真偽については不明だが、昨日のビッグニュースだった生前退位。

 

続報が待たれるところである。今回はコンピュータシステムができて以来唯一の、新元号(改元)対応だった昭和から平成への対応について書く。今年はすでに平成28年になっていることもあり、前回の実体験を書ける人はあまり多くないだろう。生前退位が数年後だとすると、前回のようなバタバタは無いはず。あまり役には立たない情報である。

 

なお「唯一」としたが、他国が元号のような制度を持っているのか、制度があるとしてもコンピュータシステムでサポートしているのかは知らないし、調べる気もない。

 

昭和天皇崩御の知らせが入ったのは、担当する証券会社の全システムのOS移行作業センタ移行作業が佳境に近付いた昭和64年の正月明けであった。


円高不況の影響で初任給が抑えられた1986年入社組なので、昭和64年1989年の1月はもう少しで丸3年、4年目になろうかという時期である。理系だ文系だっていうけど - いろいろやってみるにっきと同じ年度である。

 

担当していた証券会社は、現在もそのままの名称で残っている中堅中位の証券会社であった。当時の大手や準大手は合併したりして名前が残っていない証券会社も多いのだが、二桁順位の証券会社は意外とそのまま生き延びたりしている。

 

当該証券会社はそれまでメインフレームの中型OSで動かしていたのだが、バブルに入りつつあったその時期、他の証券会社同様の大型OSに移行する必要性に迫られていた。しかも、ついでに新センタ移行も実施することになっていた。旧センタと新センタは徒歩の範囲。旧センタは当時の本社ビル内、新センタは当該証券会社保有の新ビルである。

約1年近くに渡るシステム移行作業は、昭和64年1月14日(土曜日)~1月16日(振替休日)に本移行を実施し、1月17日(火曜日)朝からカットオーバーという日程であった。ハッピーマンデーが施行される以前は、1月15日が成人の日。昭和64年は1月15日は日曜日に当たり、1月16日が振替休日となる3連休であった。

何度もデータ移行のリハーサルを実施し、2日以内でデータ移行を完了できるという見込みも立っており、時間に余裕のある3連休を本移行日に充てるという作戦であった。

1月

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データ移行にあたってのリハーサルを何度も実施したが、中には27時間連続勤務ということもあった。休憩なく27時間。トイレには行った。食事はコンソール前。食べ物持ち込んじゃいけないんだけど。勤務明けの帰宅時に買ったばかりの、当時のオレにとっては高価なお気に入りの傘を、終点で降りるバスに忘れたことは今でも記憶に残っている。

 

以前にも書いたように人員不足なので、3年目の若造でもサブリーダー格で部下がいる状況で働いていた。


昭和天皇陛下がご崩御された1月7日は土曜日だが、本移行の前週であり、当然のようにほぼ全員出勤していた。顧客側もである。上に書いたようにデータ移行についてはほぼ確証が得られているが、OS移行に伴いミドルウェアも変更が入る。同じ名称のミドルウェアもあれば、全く異なるミドルウェアやOS機能もある。同じ名称だからといっても同じ振る舞いをしてくれるとは限らない。アプリケーションについても移行を実施しており、最終データ移行リハーサルで移行したデータを使い並行運用を始めており、いくつか問題が出ていた。

 

その問題対応作業やバグフィックスは1月13日(金曜日)まで続く予定であった。移行用のプログラムの問題なのか、新システム側の問題なのかも切り分けなければいけないわけで、相当忙しかった。

Emperors

 

当時は今のようにネットも無いので、どのようにご崩御の報がバタバタの作業現場に伝わったのかは覚えていない。休日出勤や交代勤務体制ということもあり、遅出の人が持ち込んだニュースだったような気がする。本移行を次週に控え、27時間連続勤務みたいな無理をしている状況ではなくなっているわけだし。

 

まずオレの部下が「やったー(歓喜)、死んだー(歓喜)」という声を上げたことは明確に覚えている。なんだコイツと思った。当時はすでに自粛ムードということもあり、突然の感は無い。

  昭和天皇 - Wikipedia

 

オレの部下やその他にも喜んでいる奴らがいたが、「人」が死んだ時に喜ぶなんて人外だなとは思ったが、こいつらの思想信条はどうでもいいのでその輪を離れた。

オレはリーダの先輩(理系だ文系だっていうけど - いろいろやってみるにっきに出てくる先輩ではなく、まじめできちんとした人)を引っ張り、「元号が変わりますよ。どうするんでしょう。ヤバいっすよ。」といい、顧客の課長の元に。スケジュール感は上記の通り。改元対応なんて時間は無い。

 

顧客のシステム部は部長1課長1主任、係長数名という体制。部長もいたのだが顧客側の中でもあてにされていなかった。「すだれ満月」という別名を持つそのH部長は無視し、切れ者っぽい風貌で実際に切れ者の課長にストレートに質問。先輩を差し置いてオレがw

  「天皇陛下が亡くなられたそうです。元号変わると思うんですけど対応はいかがいたしますか?」

  「んなもん後回しだ。予定は変えない。」

即答だった。今ならオレもその立場ならそう言うと思うが、逡巡ない回答は頼もしかった。当時のY課長、今のオレよりも10歳は若いんだよな。そして改元作業はコンピュータシステムが出来て以来初。大正→昭和の時にはコンピュータは実用化されていない。

 

というわけで、正月休みも無く続いたOS移行センタ移行作業は無事に1月17日にカットオーバー。

 

元号追加変更作業は、やはりそれなりの規模だったが追って実施し無事完了。帳票が多くて大変なんですよ金融機関は。内部帳票や顧客向け帳票は確かほとんど西暦にしたはず。大蔵省向けとかは和暦で追加変更だったと思う。

 

といった感じで、今回生前退位だとすると全く役に立たない経験談である。そして新元号対応の話は3行w

改源 しょうがのど飴 80g

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 改元じゃねーし、昭和じゃねーし。

 

時間があってもあるなりに大変だし、状況も変わっているから色々大変だとは思うけどな。

V [ビジター] アンコール DVDコレクターズボックス

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やっぱりエンジニアとしては気にするよね。

あおい銀行……。