じみーに熱帯夜だったわけで、朝からむし暑い(挨拶)。
なんかベネッセからの漏えいルートは再委託先だそうで。刑事のほうはいいんだけど、再委託先があまり大きい会社じゃないみたいなんで、ベネッセが顧客に賠償するということになったら、再委託先から必要費用(賠償金)をふんだくることができそうもないのがキツいかも。
(追記:毎日動きがあるんで続きはリーガル観点で書きました ベネッセの情報漏えいの件でブコメを読むとはてブ民はなんか違う国の法律で生きているみたいだが、件の情報漏えいは日本の法律で裁かれる)
では本題。
ベネッセ流出データを使ったジャストシステムは、何が問題だったのか - Cloud Penguins にもあるように、タイトルの話をするときに企業としてのリスクマネジメントの観点で書くことができる。
リーガル面の問題点の整理については、不正競争防止法の観点からジャストシステムの責任を考える | 栗原潔のIT弁理士日記 にてよい整理をされているのでそちらを参照頂きたい。
レピュテーションリスク対応という観点では、自分としてはベネッセ流出データを使ったジャストシステムは、何が問題だったのか - Cloud Penguins とほぼ同じ感想だし、ベネッセの情報漏えい問題に乗ってコンピュータ・フォレンジックの基本を書いておくに子供の対応って書いちゃったわけで、同じことを書いても仕方ない。
そもそもジャストシステムの行為が問題視されているのは、法律違反かどうかではない。弁護士にリーガル面だけ聞いて回答を出したのかもしれないけど、自社の商品・サービスを買ってほしくてDMを送ったはずなのに「絶対買わない」という感情を起こさせている。金を出して名簿を買って、金を掛けてDM送って、(まずい対応で)アンチを増大させてどうする ていうところが問題。
そういうわけで今回は、ジャストシステムが名簿屋から顧客情報を買ってDMを送ったという行為について、よくある勘違いの事例として説明しておく。リスクマネジメントではなくマーケとかCRMの領域の話。
まず背景の整理。
ジャストシステムの場合、福武書店……じゃなかったベネッセという業界大手よりも、小学生中学生向けの通信教育ビジネスという意味では後発。ジャストシステム - Wikipediaによると2001年に参入とある。【公式】スマイルゼミ|タブレットで学ぶ小学生・中学生向け通信教育には1999年事業開始とされているので、まあそのあたりの時期なのだろう。
一方のベネッセは進研ゼミを1970年代にはスタートさせている。
ジャストシステムの場合は、小学生・中学生の通信教育事業をやっているが、その前段階の乳幼児向けの事業はない。一方、ベネッセの場合はご存知のように「ねこのきもち」「いぬのきもち」「こどもちゃれんじ」で0歳児から小学1年生までをフォローしている。ここも顧客ベースとなっている。
ジャストシステムが自社の通信教育事業に集客するためには、なんらかの顧客獲得活動が必要である。
新規顧客獲得(アクイジション:acquisition)は、非常にコストが掛かる。一説には新規顧客獲得のコストは顧客維持(リテンション:retention)の5倍だという。コスト差は個々の企業や、業種・業態・顧客層ごとに異なるので、5倍以上の開きがある場合もあれば5倍も開かない場合もあるだろう。ただ、いい換えると「新規顧客獲得に金を掛けるよりも、リテンションに金を掛けた方がもうかるぞ」ということである。
さらには近年の個人情報保護意識の高まり、そして個人情報保護法の成立、個人情報保護法によってさらに個人情報保護意識が高まった(法が存在することで啓発された)という経緯を考えると、アクイジションのコストは高止まりであると言える。
なぜ5倍もの差が出るのであろうか。顧客に掛かるコストとそこからもたらされる利益を分解すれば下の図のようになる。
初年度の顧客獲得コストが大きい理由は、これまで取引のない顧客との関係を作るための、さまざまなマーケティング費用などである。ジャストシステムの話でいえば、今回の名簿屋からの名簿購入、名簿にしたがったDMの発送などがこれにあたる。
顧客維持は取引年数が長期化するにつれコストを掛けずに維持できるようになる。一方取引年数が長期化するにつれ期待利益(=基礎利益+販売増による利益+口コミや影響による利益)は増えていく。これはリテンションがうまくいったケースの理論上の話である。この「理論」が成立するためには、企業は顧客がロイヤルティを高め、多様な取引行うなどの、リテンション施策が前提である。
ベネッセの場合は「こどもちゃれんじ」時代から、大切に顧客を維持していけば大きくシェアを落とすことも無く、後続の「進研ゼミ」などの顧客となってもらえる。また子供が同年齢・同学年の親同士の口コミは大いに期待できる。
今回の情報漏えいインシデントによって、大きく毀損する可能性はあるが。
一方のジャストシステム。本当は「小学校に進学する」「中学校に進学する」というイベントのタイミングで顧客化したい。それが最も利益が最大となるパターンである。次善としても学期の開始/終了・長期休暇という切り替わりのタイミングで売り込みたい。例えばあと数日というタイミングだが1学期が終わる。終われば通信簿が出る。一定期間を掛けた評価がわかるわけで、一発のテストの良し悪しでは無く、補強したいポイントも見える。そういうタイミングは狙い目である。DM6月発送という事なので、まさに1学期の評価狙いである。
ベネッセが既存の顧客ベースにDMを打って集客できるのに対し、ジャストシステムは顧客ベースが無い。そこで名簿を買ったということだろう。
ビジネスの伸びを考えれば、焦る気持ちは分かる。しかし上にも書いたが、昔のように名簿屋から買った名簿にDMを打てば問題視する家庭も少なくない。さらにはTwitterなどですぐに拡散する。ジャストシステムとすると名簿屋から買った名簿を使ってDMを打つという方策は取るべきではなかった。
あと、そもそもの話。オプトインされていないDMのヒット率は非常に低い。電子メールやソーシャルメディアならスパム扱いである。DMなら個人情報部分を削除してゴミ箱行きというのが通常である。今回、ジャストシステムから届いたDMを「ベネッセの情報かも?」を気付いた親御さんはエライ。捨てる作業に意識が行っているとそこまで見ないかも。
そういう意味でもジャストシステムは、DMのヒット率とコストの関係を真剣に考えるべきであった。
ジャストシステムのはまった罠という意味では、ベネッセのDMのヒット率はベネッセのオプトイン顧客あてのものであるのに、同じくDMを打てば顧客獲得できると勘違いした点だろう。
ではジャストシステムはどうするべきだったのか。
子供の生活やイベント関係で親同士が顔を合わせやすいこの顧客層は、他の商材に比べてバイラルが効きやすい。地道なバイラルマーケティングがまず必要だろう。中学生の親同士だとすると、スポーツなどの集団で活動するものは顔を合わせやすいが、それ以外は親同士の関係は希薄になっていくだろう。子供も自立していくので親が帯同することが少なくなるし。やはり数多く顔を合わせるという意味では小学生、しかも低学年が勝負である。ジャストシステムと顧客が長期に渡ってお付き合いするという意味でも、小学校低学年からの顧客化はLTV(Life Time Value)の最大化の第一手でもある。
どういう手が効くのかはある程度調査が必要である。まず、顧客に対する「事実」を集めなければならない。経験則を並べるだけではリサーチにはならない。
現在の顧客は多面的である。ある分野の高額商品を買う人間は必ずしも高所得ではないし、高所得者が価格にこだわりを持たないとは限らない。
そのような情報、特にサイコグラフィック情報については外部に求めるしかない。外部から情報を求める手法の代表的なものについて、下記の表に示す。
たとえば、真っ先にエスノグラフィック調査をするのはどうだろうか。「小学生の親」という単純な切り口からは分からない価値観などが見えてくるだろう。
そこにコンジョイント分析という形でより正確な顧客像というものを描いてみる。
【公式】スマイルゼミ|タブレットで学ぶ小学生・中学生向け通信教育はタブレットで学ぶ小学生向け通信教育という特色があるのだが、現時点では多分まだまだタブレットで学べるということはアピールポイントにはなっていないはず。というか逆にネガティブポイントかも。
子供にタブレットを持たせるということ自体に抵抗感を持つ親も少なからずいるだろうし、破損の心配などもある。専用タブレットということなので、親が禁止したいことに使われる心配はないわけだが。上記のサイトを見るとそこらへんはあまり意識したサイト構成ではない。
やはり、こういう部分はインフルエンスする人を見つけていくしかない。これまたヘタなやり方をするとステルスマーケティング扱いされるので、注意要。ステマが悪いんじゃなくて見え見えのステマ(ステルスしてない)はバカだし、だましでステマを使うやつが多いのがいかんのだが。
ちょっと見ただけでまだまだ地道にやることは多そうなのに、一見すぐに結果が出そうな(すぐに結果は見えるけど成果は出ない)DMは、無駄金使いな上にヘタな対応でアンチ作っちゃったねというお話。どっとはらい。
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