いろいろやってみるにっき

てきとーに生きている奴の日記

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「とりあえずやってみて」「まずは自分で考えて」考

また正解を知りたがる話か。

 

ちょっと長いが冒頭を引用する。この文章はエッセイって呼べばいいのか?

blog.tinect.jp

わたしはアルバイト時代、「とりあえずやってみて」「まずは自分で考えて」と言われるのが大嫌いだった。

 

とりあえずやっても、わからないことがたくさん出てきて途方に暮れるし、自分で考えたところで、それでいいかだれかにお墨付きをもらわないと行動に移しづらい。

 

どうすればいいのか知ってるんだから、教えてくれればいいじゃん。

とりあえずやってもどうせ失敗してやり直しだし、自分で考えてやっても上の人にいろいろなおされて結局相手の希望通りにさせられるなら、最初から教えてよ。

 

そう思う。

でもこの思考回路は、「最近の若者はすぐ答えを知りたがる」と、上の世代の人たちからはすこぶる評判が悪い。

 

「自分でやろうとせず他人に甘え、楽をしようとしている」と受け取られるからだ。

でも、「とりあえずやってみて」が若者に響かないのには、相応の理由があるんだよなぁ。

 

そもそもアルバイトが従事する作業みたいに、マニュアルがあってしかるべき労働において、初手から「とりあえずやってみて」「まずは自分で考えて」という指導がおかしい。そりゃ忌避されるべきものである。サンプルが悪い。今の若者じゃなくても嫌われる。

それともアルバイトに対して独創性を求めるような変な仕事があったりするわけ?そういうのは正規の職員がやるべきであって、好き嫌いの問題じゃなくそのアルバイト先がおかしい。普通、アルバイトには定型作業を振るべきである。

 

では残りは章題を引用。

「無駄なく最短ルートで成長したい」若者たち

攻略法をシェアしないのは「ケチくさい」

若者は試行錯誤が嫌いなんじゃない、タイミングがちがうだけ

「努力」に対するジェネレーションギャップ

若者は「答えを知ったあとの応用で差をつける」文化

 

文章の展開としてはまあわかる。でも、それって「必ずある正解に収束する」「単一の正解がある」場合にしか適用できないよね。アルバイトにさせる作業なんかはまさにマニュアルが存在すべきで「単一の正解がある」。それに対して「とりあえずやってみて」「まずは自分で考えて」という指導方法が間違っている。そんなもの、正解を探索させる暇があるなら正解を教えるべき。それもできるようになるまで繰り返し。

 

昔書いた。

shigeo-t.hatenablog.com

 

世の中の多くの物事は、条件によって正解が変わる。上記のエントリではプログラミングだが、正解のプログラムはバグ無くメンテナンス性が良く仕様を満たしているプログラムであって、単一の正解があるわけじゃない。まず書けって話である。

以前と同じ部分を引用するが、見方・考え方を身に付けないと単なるワーカー止まりである。

shigeo-t.hatenablog.com

先般国際シンポジウムで発表するために別府に行った際、前日大学教員の方々と会食しました。その際に「コンサルティングってどういう能力を求められるのか」という質問を頂いたので、持論を話しました。現在一応零細コンサルティング会社の経営者という肩書があるので。

概要としてはこんな感じです。

まずコンサルティングと言っても大きく二つに分かれます。一つは知っていることを教えるコンサルティング。税理士やITコンサルティングの多く、生産管理やトヨタかんばん方式などのコンサルはこのタイプです。「先生」と呼ばれると喜ぶタイプです。

 

もう一つは戦略コンサルのように顧客もコンサルタント側も答えが無い中、様々なメソッドを活用しながら一緒に考え、答えを出していくコンサルティング

 

前者はお勉強ができれば、あるいはある程度経験を積めば教えることができます。そういう意味ではストックしたナレッジを活用するHow-toものと言ってもいいかもしれません。一方後者はメソッドや業界知識などのお勉強は必要ですが、考える能力が主体です。何を考える対象とするのか(着眼点)からスタートするので、習えばできる経験すればできるというものではありません。

そのためには学生時代から「考える」という習慣が必要なんですよ、……

という話をしました。そのあとは、自分で考える学生って少数派ではないかという話に。

 

最初のエッセイの最後の方を引用。

だから、若者は答えを教えてもらわないとなにもできないとか、試行錯誤が嫌いで失敗したがらないとか、そうは思わないんだよね。そんなこといったら、なんの仕事もできないから。

ただ、努力するポイントが、「正解に至る過程」ではなく「正解をもらったあと」にあるってだけで。

 

うんだからね、正解があるかどうかも分からない問題があるの。まずやってみないとわからないの。それを解くために役立つメソッドはあるけど、それは見方や考え方であって見方・考え方が正しくても正解にたどり着くかどうかも分からない世界があるの。ビジネスの場合、やろうと思った方向の先には正解がないケースだってあるし。だから正解を知りたがる正解を当てに行っちゃうムーブだけだと困るわけ。仕事人生ワーカーに徹するというなら正解を教えてもらう人生でもいいけど。あ、でも家庭生活も家族を持つなら正解がない世界かもね。