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いろいろやってみるにっき

なんとか自分の会社を立ち上げるところまで漕ぎ着けた、てきとーに生きている奴の日記

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誰が家庭を支配しているのか

misc

今週のお題「方言」

 

実家は青森県八戸市。父の出身も青森県八戸市。父の地元に住んでいた。そういう環境で高校3年生まで育った。

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ところが、実家内での公用語は標準語。八戸あたりの方言ではなかった。言葉もそうだし、イントネーションも。なぜそんなことになったのか。

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母の出身は世田谷。兄も世田谷の病院で生まれた。オレは八戸市民病院だけど。つまり、一家はその間に移住している。

時間軸をたどると、父が大学に入り、母の実家でバイト、父が大学卒業、兄が生まれ、オレが生まれる前に八戸に移住である。

兄の誕生日は6月なのに父の卒業が同年3月なのは計算が合わないが、実は父は1年生の必修を1年次に担当教官とケンカして、4年間受け続けて単位をもらえず、その1つの単位のために留年したとのこと。父は体育会の自転車部所属で、競技会に出場などで講義を欠席することがあったらしい。国体などにも出ている。出席数とかそこらへんで体育会を優遇しない担当教官とやりあってしまい、5年間同じ必修単位にチャレンジとなった模様。ああ、まさにオレの親である。

 

八戸に移ってから、自動車のセールスなどもやったようだが、オレの最も古い記憶ではすでに自営業だった。家業は母の実家と同じ。つまり、体育会を引退してバイトから入って、身に付けた技術で自営を始めたという形になっている。

 

幼児を抱えて田舎に戻り商売を始めて、今は兄が継いでいる。兄弟3人大学出すところまで軌道に乗せたのは、父だけじゃなく母も一緒に働いていたためである。多少の技術は母も持っていたし、なにより母は商業高校卒なので母が経理面を掌握していた。オレが小学2年生の時に祖母が亡くなり、父の実家(祖父宅)に同居するまでは完全に共稼ぎだった。同居までは自宅兼店舗だったので、店は母が運営していた。

 

結局、家庭ができた段階では標準語圏、田舎に移ってからも母も一緒に働いている。そんなわけで、外から見るとどうかは分からないが、内部的には母が掌握した家庭だった。そりゃ公用語は標準語になる。

 

母は、我々兄弟が小学生に上がるとPTAなどで活動するようになり、同級生のお母さんたちと友人になると、転勤族が多い学区だったので他地方出身のお母さん方と先に友達になったりしていた。まあ、ジモティより親和性が高いのでそこは当然。でも徐々に地元出身のお母さんたちとも交流するようになり、何かの集まりのあと、

   「今日は○○って言葉教わってきた」

とか言うようになった。言葉もイントネーションも発話としては身にはつかないんだけど、ヒアリングはできるようになる。その前に店を運営している時には、お客さんも、同業や関連業種の職人さんや経営者さんも来てたのに、標準語で乗り切ってた。商売上で使用する言葉は、よほどのことが無いと方言独特の表現はあまり多くない。それで問題があまりでなかったようだ。父や従業員の人がいれば代わってもらえるし、よく来る人には母が東京出身であることがバレているので、通じなかったら言い換えてもらうなど、気を使ってもらえていたようだし。

 

我々男ばかり兄弟3人はどうかというと、兄は完全にバイリンガル、オレは単語としては方言を使うこともあるけど標準語、弟は方言寄りのバイリンガルという結果に。いずれもヒアリングには問題ないけど。

オレは中間子特有のひねくれもあるけど、左利きから右利きに矯正の段階で一度話せなくなり、病院通いもしたことがあるらしい。それで全面矯正は一旦中止。その時に発音できない音が2つできてしまい、その音を避けるために言い換えを常にするように。なので、標準語と方言2つだと大変なので、単語としては方言も使うけど文法もイントネーションも標準語という形態に。方言を使えないわけじゃなかったんだけど。

 

そんなわけで今までは、出身を言うまで出身が青森県八戸市と思われたことは一度も無い。だってそんな家庭で育ったんだもの。

 

あと、最後に強く主張しておきたいのは、八戸近辺の方言は南部弁の流れを汲む。津軽弁では無い。

岩手県盛岡市を中心とした南部藩のテリトリーなので、岩手の方言のほうがよく分かる。津軽は敵国なので津軽弁は敵国の言葉。青森の民放TV/ラジオは青森が本社なので、津軽弁が頻繁に流れるため多少は理解する。そんな感じなので青森・弘前あたりの都会的な津軽弁wならわかるけど、五所川原あたりのなまりがキツい言葉は分からないことがある。 

 

父が作ってくれたせんべい汁は旨かったよ。