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なんとか自分の会社を立ち上げるところまで漕ぎ着けた、てきとーに生きている奴の日記

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この歳になっても自分は「おとな」になったんだろうかと考えてしまう

今週のお題「おとな」

 

東海道新幹線と同い年である。前回の東京オリンピックが開催された年でもある。こんな年齢になっても、自分は「おとな」になったんだろうかと考えることがある。

 

就職して2年目の話。1年目は別部署で実習期間だったため、2年目は1年目と異なる部署・異なる職場で働き始めた。驚いたことに、子供時代には遭わなかったイジメの対象となってしまった。

子供時分にはいじめる側にもいじめられる側にも立たず、イジメの現場に立ちあったら制止するといった感じで、てきとーに生きていた。小学校低学年の頃、早生まれのせいもあり体が小さく、そこに付け込んで暴力を振るってくる奴はいたのだが、そこで立ち回り方を学んだことが大きかった。生来の面倒臭さがりもあり、いじめるのは面倒なのでイジメをしたことはない。誰かを継続的にいじるのは面倒臭い。

 

イジメに遭うきっかけは『飲みを断ったこと』。

 

職場は某証券会社のシステム部門近隣に、オレの所属会社の親会社が雑居ビルでフロアを確保していた。中央区新川、いわゆる兜町の近くである。

そこに親会社とそこへの派遣入場者、オレの所属会社、オレの所属会社と横並びの子会社の人間が一緒に働いているという感じ。総勢10数名前半。

完全に関係法令違反の契約・労働形態なのだが、請負のはずなのに職場には所属会社管理者はおらず、週一くらいで課長が顔を出す程度、親会社のリーダが現場を掌握している感じ。その現場のリーダも管理職ではないという野放し状態。親会社のほうも週二~三くらいで主任、月二くらいで課長が来る感じ。当時はあまりうるさく言われなかったが今なら絶対に摘発対象だし、知恵の付いた今ならどっかにチクることもできた。

 

そういう環境のためか、職場の先輩方は朝来ない。9:00始業だし、顧客は証券会社なので顧客側は朝早くから働いている。証券市場は9:00開場なので、9:00近くに来たのでは話にならない。それでも管理職が来ないと分かっている日は、職場の先輩方は朝来ない。9時台後半からポツポツ現れ始め、遅い人は昼過ぎだったりする。当時は無かったフレックスタイム制度の先取りである。当時は無かった公共交通機関による時差出勤推奨の先取り実施例である。

また、連絡なく休む人もいる。その人はオレの指導員だったわけだが。そして平社員ばかりの職場で、一番年齢が上の人でもあった。

 

だからといって全員が夜遅くまで働いているわけでは無かった。その年はバブル寸前だし、顧客証券会社は中堅証券会社だったので、我々の側もそれほど忙しくなかった。

 

オレはというと、そんな中に一番若手として配属された。住んでいた横浜の寮が遠く(寮から相鉄の駅まで徒歩25分)、東京駅から徒歩15分のところ、きちんと8:30~8:45には職場に出て、帰りは一番最後が多く、ヘタすると東京駅まで東海道線の終電に向けてダッシュ、横浜駅でも相鉄海老名行き終電に向けてダッシュするという日々。

http://www.flickr.com/photos/21309047@N00/2424372024

photo by Annie Mole

 

割り振られた仕事はハードウェアの導入、設備。まず、これがまずかった。この仕事、オレが配属されるまではのちにオレをイジメる親会社のリーダの仕事であった。しかも大好きな。これを一人で担当しろと割り振られた。

理由は、週二~三しか現れない親会社の主任がここを掌握したかったため。そもそもこの二人反目しあっていた。リーダによる上下関係・指揮/指示無視が多かった。主任のほうも大概な性格なのだが、リーダのほうもキツい性格だった。

こういう理由で、普通であれば引き継ぎ期間があったり、まずは現担当者の下で働けということになるはずのところ、いきなり一人で担当。

http://www.flickr.com/photos/51035766041@N01/3248154361

photo by phrenologist

 

今みたいにネットがあるわけじゃないし、そもそもPCさえなく(一般的では無かった)、資料作成は全て手書き/手作り。設置仕様書などをコピーして切り貼り(リアルコピー&ペースト)も多用。糊、カッター、ハサミ常用。通信手段は電話とFAXまたは直接コンタクト。

ということで過去資料も多くの部分が手書きなのだが、前担当者の親会社のリーダ、字が汚かった。難読記述が多かったが、前後からも判断できないと前担当者の親会社のリーダに「これなんて読むんですか」と聞きに行かなきゃいけない。それでもイジメが始まる前はなんとか答えてもらえていた。

 

そういう状態なので、顧客の設備担当の次長(部長と課長の間)に怒られ、ハードウェア工場やハードウェア設置・工事・保守の会社の人には電話で怒鳴られ、親会社の主任には叱られ、なんとか期日に間に合わせるという日々。そりゃ、終電ダッシュ×2も仕方ない。

 

そんなある夏の日、親会社のリーダの機嫌が良く、18時頃飲みに誘われた。オレはオレで上記の通りその日も切羽詰っていた。やべえ、ついに泊まりかとか思いながら。そこで、バタバタ働きながら

  「今日は無理です。」

と断った。翌日からである。親会社のリーダによる無視、不当な叱責、仕事の邪魔、ウソをついてまでオレを陥れるイジメ行為が始まったのは。完全なる敵認定。親会社のリーダという立場もあり、他の先輩方も我々二者間の問題は遠巻き、親会社リーダ寄りの行動。上にちょろっと書いたようにオレの指導員は、、、、あんまりいない。守ってくれない。あと、忙しすぎて彼女に振られたww。

 

今振り返っても「今日は無理です。またお誘いください。」の「またお誘いください。」が無かったくらいしか、その時のオレの非は無いと思う。いや、リーダのほうを見て言わなかったからか?切羽詰り過ぎてそんな余裕が無く、うまく立ち回れなかった。

 

ぺーぺーである上、周りと違う仕事をしているから誰かの役に立っている感も(周囲からすれば)ない。若造が飲みを一回断ったくらいで執拗にイジメるとか、相手の人間が小さすぎる。とは言え、それなりのポジション(平社員だけどなw)の状況を作り出している相手を無視もできない。 

ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない

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結局その職場では地位回復できなかった。イジメに気付いたオレの上司である課長と親会社の課長が、共に担当している他の証券会社に応援という形で職場を変えてくれた。数か月後そのまま異動になった。

オレは切羽詰り過ぎて直訴さえできなかった。オレを自分の駒として使いたかった親会社の主任は、オレの異動に不満そうだった。オレが担当していたハードウェア導入・設備の仕事をまたリーダに戻さざるを得なかったし。そしてあんまり会社に来ないオレの指導員は、やはりあまり顔を合わせないままだった。

 

そこで思ったのは、世の中そんなもんなんだなということ。オレはたまたま救ってもらえた。気付いて救ってくれた2人の課長は大人だと思った。オレを含め、イジメに遭った職場には「おとな」はいなかった。

 

その後の会社人生でも、イジメに遭うことは無かったがそれなりに色々あった。色々あり過ぎて謎(その2社間ではあり得ないという意味で)の転籍をしたし、その転籍先でも色々あって結局辞めた。なんかそういうのを引き寄せる人間性なのかもしれない。趣味、韜晦なんだけどな。

 

大人ってなんだろう。自分は「おとな」になったんだろうかと思う。年齢だけは進んでいくのだが。